私は、仲の良い友人達の中で一番早く、二十代前半で結婚しました。
主人が10歳年上だったからというのもありますが、1年程ふたりきりの新婚生活を楽しんでからはすぐに子作りを解禁。

深く考えず、すぐ出来るだろうと思っていたものの、1年経っても2年経っても、授かりませんでした。
少し不安になってインターネットで検索してみると「避妊せず2年間妊娠しない場合は一度病院へ」とありましたが、当時まだ二十代半ばだったこともあり、仕事も忙しく、なんとなくそのままになっていました。

それからまた1年程が経ち、妊娠検査薬を使う事もないまま、まったくかすりもしない状況におかしいと思い、ようやく病院へ。
主人はこの頃、自身の検査などに不安もあったようなのでひとまず私だけが検査をしました。

基礎体温のチェック、通水検査、フーナーテストなどをし、少し精子の数が少ないのかも?とは言われつつも特別な問題は無いという事で、まずはタイミング治療からスタートしました。

先生にタイミングをみてもらってもやはり、また1年間妊娠に至る事はありませんでした。
二十代後半にさしかかってきた私の周りでは、次々と友人達が結婚、妊娠、出産、ときには二人目の妊娠報告を受けたりと、正直言って「抜かされた、置いて行かれた」という気持ちが強くなってしまい、子持ちや妊婦の友人とは距離を置いてしまう状況が続いてしまいました。

我ながら心が狭い、こんな自分嫌だと頭ではわかっているものの、心がついていかなくて…。
特に「今回は妊娠できたかも」と期待が高まっていた時期に生理が来てしまったりして、そんな日は街で妊婦さんを見る事が本当に辛かったです。

治療はどんどんレベルアップし、主人の検査もし、人工授精、体外受精まで進みました。
幸いにも初回の体外受精で妊娠判定をいただき、心拍の確認も取れ、母子手帳も交付してもらったのですが安定期を目前にして流産してしまいました。

全身麻酔をしてまでの治療、痛みを伴い、通院が中心となる毎日。
仕事も正社員からパートに変更し、頭の中は不妊治療のことでいっぱいという日々からやっと卒業できると思った矢先の出来事で、言葉もありませんでした。

心身ともに疲れ果て、流産後の体を休めるためにも治療はしばらくお休みすることにしました。
そんな時主人の急な海外転勤が決まり、私は一旦実家に身を寄せ、体制を整えてから主人の元へ行くことに。

主人も無事旅立ち、実家での生活がスタートしたときになんと、妊娠していることがわかりました。
驚きの自然妊娠です。
今までの治療はなんだったんだということも一瞬頭をよぎりましたが、その治療に専念した日々があったからこそ、生活習慣を見直したり体質改善を試みたりと自分自身が良い方向へ向かっていたのではないかと今では思います。

あんなに辛かった不妊時代を知っている友人達からは、本当にあたたかな祝福の言葉をいただき、ありがたく嬉しい気持ちで一杯です。

心も体も、そしてお金も消耗してしまう「不妊」。もちろん不妊に悩む必要が無いほうが良いに決まっていますが、今回それに向かって夫婦の力を合わせて頑張れたことも、絆が深まるきっかけとなり、私たち家族にとってはこれで良かったのかなと思っています。